先輩漁師の声

  • 座談会

「親方」を語る!俺たちの乗り子時代

interview

profile

せいちゃん

漁師歴20年

神奈川県出身

主な漁:たて縄漁、底魚一本釣り漁

海外放浪生活を経た後、漁師になりたくてたまたまインターネットで募集していた母島にわたる。
6年間乗り子として修業し2011年に独立。2021年国のリース事業を利用して新船を購入。
2男1女の父、東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。

profile

ひろし

漁師歴8年

福島県出身

主な漁:たて縄漁

30代半ばまで東京でいろいろな仕事をした果てにこの島に流れ着きました。

20年目と8年目のふたり

二人の漁師歴について教えてください。

せいちゃん

僕はいま漁師になって20年目です。自分の船を持って、たて縄漁という漁法をやっています。メカジキは日中は深い場所を泳ぐ魚なんですが、たて縄漁なら狙ってとることができます。

ひろし

同じくたて縄漁をしています。おととし、自分の船を買って独立しました。漁師としては8年目です。

せいちゃん

僕たちは二人とも、時期は違うけど同じ親方の船で「乗り子」として修行したんです。母島の漁協では、基本的には6年間乗り子として研修して、その後、漁協の会議を経て独立できる仕組みになっています。

ひろし

ふだん一緒に仕事しているけど、こうやってお互いの漁師歴を話すのは珍しいですよね(笑)。

漁師を目指した理由は?

ひろし

母島には高校を卒業してすぐ漁師になった人もいますが、僕はいろんな仕事をしてきたタイプです。一番長かったのは飲食業で、接客も調理もしていました。渋谷の焼き鳥屋に5年ほどいましたね。

でも、人と関わる仕事に少し疲れてしまって、自分のペースで自然を相手にできる仕事がしたいと思うようになったんです。そこで漁業か農業をやろうかな、と。

せいちゃん

なるほどね。どうして農家じゃなくて漁師を選んだの?

ひろし

農業だと虫に刺されるから(笑)。僕は福島出身なんですが、山のほうの田舎で育ったので海への憧れもあって漁業を選びました。

奄美や伊豆大島などの漁協も見たんですが、小笠原は移住者が多くて入りやすそうだと感じたのが決め手でした。せいちゃんはどうですか?

せいちゃん

僕が小笠原に来たのは29歳のときです。学生のころ、旅が好きでバックパッカーで世界各地を回っていて。そのときに北海道を旅していて、小遣い稼ぎで漁師の手伝いのバイトをさせてもらったんだけど、すごく面白くてね。

それから20代も終わりに近づいて「そろそろ腰を据えて働くか」と思ったとき……そういえば「漁師ってアリだな」と。

ひろし

どうして母島に来ることになったんですか?

せいちゃん

最初は北海道で漁師をやるつもりだった。でもたまたまWebで小笠原母島漁協の募集を見つけて、電話してみたら「乗り子がいないから今すぐ来てよ」と言われて。母島はどんな場所かも知らなかったけど、「じゃあ行きます」と答えて、すぐ来た。

ひろし

軽いノリだったんですね(笑)。

せいちゃん

最初は「合わなかったら他に行けばいいか」くらいの気持ち。でも、気づけば20年。気がついたらこの土地が好きになっていて、まさか自分の船を持つことになるなんて思ってもいなかったね。

ひろし

僕も最初は「漁師ってどんな仕事なんだろう?食べていけるのかな?」と思っていました。でも親方の船に乗って4年目くらいで、ようやく覚悟が決まりました。

せいちゃん

僕も同じくらいかな。3〜4年目で自信がついて、独立がイメージできるようになってきた。

師匠は「伝説の漁師」

漁師としての仕事を教えてくれた親方は、どんな方でしたか?

せいちゃん

親方は「平賀さん」という、小笠原で「たて縄漁(沖合の海の深い場所にいる魚を釣る漁法)」を開拓した方です。もともとこのあたりは竿とリールで一匹ずつ釣る「底魚一本釣り」が主流でしたが、平賀さんがたて縄漁を始めて、メカジキなど深場の大物を狙うようになりました。

ひろし

いまの小笠原漁協のスタイルを築いた人ですね。いまは引退して内地にいます。せいちゃんは僕の12年先輩にあたりますが、乗り子時代はどうでしたか?

せいちゃん

僕の時代は、今みたいに丁寧に仕事を教えてもらえる感じじゃなくて、毎日怒られてたよ(笑)。

ひろし

僕のころも同じでしたよ(笑)。最初は網を作ったり、ロープを結んだりもまともにできなくてね。漁師の仕事は朝も早いし、休みも不定期。船の中はクーラーもない。内地とはまったく違う環境についていくのも大変なのに、仕事には「正解」がない。

せいちゃん

見よう見まねで少しずつ覚えていくしかなかったよね。しかも、船に乗っていると親方の方針がすぐ変わるんだよね! それに合わせるのが大変でした。

ひろし

「やっぱりやめた」「今度はこっちを試そう」って急に言われるんですよね。……え! せっかく準備してたのに!! って(笑)。最初は戸惑いましたけど、今思うとあれが漁師としての判断力を鍛える訓練だったのかもしれません。

せいちゃん

本当にそう。自然相手だから、状況を見て常に判断を変えるのが漁師の仕事なんだよね。自分で船を持って独立したあとに、だんだんわかってきた。

ひろし

親方の判断が早すぎて、何を考えているか理解できなかったんですよね。あの知識と柔軟さは、今でもすごいなと思います。

未知の大物「メカジキ」を釣る

せいちゃん

そうだね。メカジキっていう釣ったことのない魚を釣ろうとしていたから、毎回の漁で新しい方法を模索していた。使う道具や縄を落とす水深を変えながら、とにかく挑戦の繰り返し。

ひろし

せいちゃんが乗り子だった時期は、ちょうど親方が「たて縄漁」をやりはじめた頃ですよね。

ひろし

実は、その頃の苦労話を親方から聞いたことがないんですよね。昔の話をほとんどしない人だから。常に前だけを見ていた印象があります。どうして平賀さんは、漁の方法を変えてまでメカジキを釣ろうと考えたんですか?

せいちゃん

底釣りよりもメカジキの方が稼げるから(笑)。親方はいつも「どうやったらもっと効率的に稼げるか」を考えていた。

ひろし

漁師は多かれ少なかれ、お金がモチベーションですよね。やり方次第で収益がすごく上下しますから。

せいちゃん

親方がたて縄漁で稼ぎはじめると、他の漁師さんも学びに来た。最初は「カンタンに漁のコツを教えちゃダメだぞ!」「この道具は隠しとけ!」なんて言われたこともあったよ(笑)。

ひろし

いまはみんなで情報を共有して、漁協全体で盛り上げていますよね。独立するときは、親方に引き止められませんでしたか?

せいちゃん

まったくない(笑)。「いいよ、頑張れよ」って一言だけでした。やっぱり前しか見ていない人ですね。「乗り子を6年」という決まりを守って、周りが「そろそろだな」と実力を認めてくれたときに独立しました。

漁師なら、いつか自分の船を持とう!

自分の船について教えてください。

せいちゃん

僕の船は「第八日喜丸」。最初の船は静岡で中古を買って、メカジキ漁用に改造しました。親方が船を見つけてくれて、「これ、使えそうだな」と思って決めたんです。生活の場でもあり、ある意味自宅より愛着がありますね。

ひろし

僕の船は「幸晴丸」。母島の先輩からたて縄漁ができる船をそのまま譲ってもらったものです。先輩が新船を建てるタイミングと、僕の独立がちょうど重なって。すごく使いやすくて、まさに相棒みたいな船です。

せいちゃん

それ、一番いいパターンだね(笑)。僕は改造から始めたので本当に大変でした。釣った魚を入れる魚倉の大きさを直したり、道具を取り付けたり、造船所と何度もやり取りして。完成したときの達成感は大きかったです。

ひろし

今は2隻目ですよね。完全に自分の新造船で。

せいちゃん

2021年に国のリース制度を使って新造船を建てました。魚倉の配置や船室のレイアウトなど、全部自分で設計して理想通りに仕上げました。完成まで3年かかりましたが、本当に楽しかった。

ひろし

家を建てるのと同じですよね(笑)。特に気に入っているポイントは?

せいちゃん

全部。使いやすさもデザインも、やりたいことを全部詰め込んだ。お金かかったけどね(笑)! 口コミで良い造船所を探して、通い詰めて作ったので愛着があります。

初めての船で硫黄島に遠征したとき、第一投で大きなマハタが釣れたのを今でも覚えているよ。

ひろし

そうですね。初めての漁場で最初の一匹を釣る瞬間って、何度経験しても感動しますね。

漁師を目指す君へ

せいちゃん

母島は、自分の船を持ちたい人、海や釣りが好きな人にぴったりの場所です。200キロを超えるメカジキや、宝石のように美しいオナガなど、魅力的な魚がたくさんいます。

自然の中で仲間と過ごすシンプルな暮らしは最高ですよ。

頑張った分だけ結果が返ってくる、そんな豊かな海が広がっています。そしてぜひ、船主を目指して挑戦してほしいです。

自分の腕一本で挑戦したい人、ぜひ母島の海で夢を叶えてください。

ひろし

やる気と少しの体力があれば大丈夫です。母島の自然の中で働けて、仲間にも恵まれています。魚が好きな人には、ぴったりの仕事です。ぜひ自分で釣った魚を料理してみてほしいですね。

人が少なく、漁場が広いのも魅力。移住者も多く、困ったときはお互いに助け合いながら働けます。

乗り子の6年間は長く感じるかもしれませんが、その先には大きな自由があります。

proud

ある日の

ひろしの休日

子どものお食い初め

大切な子どもが初めて口にするものだから、自分で釣りあげたものを食べて欲しくて、海へ。
立派なタイを釣り上げました。
自分と妻用にメバチマグロの心臓はお刺身でいただきます。
他にもたくさん釣れたので、干物や刺身にします。

message

漁師になりたい人へ

メッセージ

せいちゃん

漁師歴20年

神奈川県出身

組合員20数名の小さな漁協ですが、まだまだ漁師一本で生活できます。修行時代にしっかりと技術を学べば、この島の漁師として胸を張って独立することができるでしょう。ホームページを見て、この島で漁師になりたい!と思ったあなたを私たちが全力でサポートします!島の漁師のほとんどがみなさんと同じ移住者です。ぜひ気軽に応募して下さい!